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自己紹介~代表~!東京でホームヘルパーの求人を募集している株式会社エスポワール♪

2019/06/10

さて、私後藤健太は2012年12月に株式会社エスポワールは設立され 2013年2月から介護保険法による「訪問介護 やわら介護江東」として事業を始めました。

 

その前に少し私後藤の経歴を紹介させてください。

初めになんでこの介護・福祉業界に足を踏み入れたのか?をお話させてください。

介護を始めたきっかけの前に、高校卒業して働いていたのが飲食店だったのですが、そこのある出来事がきっかけで介護というか、困っている人たちを手助け出来ないかと思い始めたのがきっかけです。

働いていたのは高校時代からバイトしていた飲食店で卒業と同時にそのまま就職。貧乏だったんで専門学校や大学に行くって言うことは全く選択しになく、すぐにでもお金が欲しかったからその時の店長にお願いしてそのまま就職した感じです。

バイトからそのまま就職させてくれた会社に感謝していたので、会社の為に働こうと意欲はめちゃくちゃ高かったんですね。

それ以上に出世欲も強くて、出世欲と言うよりお金が欲しくて、偉くなれば給料が上がるから、それが一番の狙いでした。

それで自分が店長になるにはどうしたらいいか考えたら、まず店長を偉くさせなきゃ店長ポジションが空かないので、店長を偉くしようと。

じゃ、店長が偉くなるにはお店を繁盛させて、成績をあげれば店長の評価があがり、まず店長が偉くなり、そのポジションにはお店の繁盛に貢献した社員の私が店長になれる!と考え。一生懸命繁盛店づくりに取り組んでました。

その取り組みの一つとして、来てくれたお客様全員を笑顔にする!というお店を作ろうと店長はじめ皆と協力してやってました。

その他ドリンクバーとかサラダバーとか流行る前に取り入れたり、(ただ社内の反発は強くて、前例のない、やったことがないくせして失敗する、どうせ無理とか言われましたが)いろんなことを皆で取り組んでいった結果お店は繁盛し、活気のあるお店になってました。

そんな時、車椅子のお客様が来店されて、店の入り口の自動ドアのドアの溝にタイヤがはまって動けなくなる状況になっちゃいまして、その時にどうしていいか分からず、付き添いの人の手伝いをすることも出来ない事がありました。

その後も店内はテーブルとイスが並べられてて狭く、車椅子の人達にはなんの配慮もないお店だったので皆を笑顔にするっていう取り組みが一番出来なかった日が車椅子のお客さんが来たその日だったのは忘れもしませんね。

で、そんな事もありましたが、それでもまだお店で偉くなりたいと一生懸命やっていました。ただ現実はそんなに甘くなく、会社自体も零細企業だったので店舗数も十数店舗しかなく、店長のポジションもそう簡単に空くわけもなく20歳になっちゃいまして、二十歳になってすぐ位に課長から呼ばれて、「バーをオープンさせるからバーやれ」っていきなり言われまして、もちろん会社命令なんで迷いなくやりましたよ。そこでバーテンダーとして働き始めて、接客をしてました。

お客さんに社長とか会社の重役クラスが多く来られて、話の内容も「お兄ちゃんは将来お店もちたいの?何か夢あるの?」とか、なんで「バーテンダーしてんの?」などそんな将来の事を気にかけてくれるような話をしてくれる人が多かったんですね。

そんな感じで1年くらいやってて、そこで今後の事を初めて真剣考えた時に「あ、別にバーテンダーやりたくないわー」ておもって、ただ、次にやりたい事も考えてない状態でとりあえずバーテンやってて、けど、バーテン自体はすごく楽しくて、外人と働けたり、可愛いお姉ちゃんと話せたり、仕事中お酒飲めたりなんとなく楽しく働いてた。 でも、ふと思ったことがあって。

今このままでいいのか?何のために生まれてきたのか?何のために働いてるのか?本当にやりたいことをやってるのか?今はただ生活のために働いてて、実は将来やりたいことがあるかもしれないのに、いまバーテンやってて、将来の何かをあきらめるんじゃないか?って思い始めて。

で、そこで気づいたことがあって。

私の21歳の時の様に心の中に、何か今モヤモヤしたものがあったら、それは、「やりたいことがあるんだ!」ということなんですよ!! けどそれが何かすぐにわかればいいけど、わからない事が多いと思いますが。

で、私の場合そこで思い出したのが、先ほどの車椅子の出来事をおもいだして、バーテンしながらとりあえず、困ってる人の助けになる仕事をしようと思い、調べてたらホームヘルパー2級っていう資格があることを知って、それがきっかけで、飲食店をしばらくしたら退職し、介護の道へと入りました。 というのが、簡単ではありますが少ない社会人経験です。 つづく 次回は「なぜ訪問介護事業を始めようと思ったのか?」